武修館道場

力信流は、初代 官部嵯峨入道家光が愛宕山で秘伝を授かり、開いたとされる古流武術の流派です。

当館の創設者、大江安左衛門吉光は幼少より武術を嗜み、天保六年(1835年)に、力信流第六代 美作国 杉山縫殿之介藤光より、第七代宗家を継承いたしました。

その後、安左衛門のもとに武術教授を希望する来訪者が後を絶たず、ついに生家のあった当地(御野郡畑村・現岡山市北区畑鮎)に武修館道場を創設し、

幕末から明治にかけて、備前岡山藩内で広く力信流を教授するようになり、山上の道場には数多の門人が稽古に通ったと伝えられております。

明治から大正にかけて、第八代大江和三郎家光(安左衛門の長男)が当地で道場を守るなか、安左衛門の弟子達の活躍もあり、当館の名称を受け継いだ武修館道場が、大阪・名古屋・静岡などの各地に創設され、力信流が県外にも広められることとなります。

なかでも、昭和初期にかけて静岡県警に招聘された大長九郎氏(安左衛門の高弟)と、鎌田忠義(和三郎の二男)の活躍により、静岡県では現在も静岡武修館道場などで力信流を継承されています。

昭和の戦後、時代の流れとともに畑鮎の武修館道場は一度閉館いたしますが、鎌田忠義(和三郎の二男)が大江進(和三郎の孫)を静岡に呼び寄せ、力信流を継承いたしました。

静岡で修行を積んだ進は、地元の神社や小学校、岡山城での演武を行うとともに、大江安信義光(和三郎長男)より受け継いだ力信流史料公開などの活動も積極的に行い、大江家伝第四代として備前力信流の伝承存続に一生涯尽力いたしました。

現当主大江一成(進の長男)が当地の力信流を継承しております。

 

力信流第七代(大江家伝初代) 大江安左衛門吉光

力信流第八代(大江家伝第二代) 大江和三郎家光

大江家伝第三代 大江安信義光

大江家伝第四代 大江 進範光

 

無断転載厳禁(大江一成所蔵写真)

力信流備前大江家伝

力信流棒術 備前大江家伝

力信流棒術 備前大江家伝

力信流棒術 備前大江家伝